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【セブンデイズ小説】ペニーローファーでさんぽ

こんばんは。
CRAFTを買うタイミングを失っている女・刀川です……。
ポイント貯めたいのでアニメイトで買うつもりだったのですがなかなか足を運べず……結局アマゾンかなーと思います。ああああああありみさーーーーーハァァァァン!ウオオ!ボコボコ!ウッ!

ところでセブンデイズ小説を書いたのですーー
よろしければ読んでください。
前回のありみさSSくらいの長さにしようか(。・з・。)φ〜♪
と思って書き始めたのに、仕上がってみれば3倍の長さになってしまいました。あれ!?


お時間のあるときにどうぞ!
なんか弓弦さんが乙女っぽいです……




● ペニーローファーでさんぽ ●

「せっ、せ……芹生くん! 大丈夫?」
「え? うん平気。ただの突き指だと思うから」
「そう……。あ、ど、どこ行くの?……」
「俺のチームはもう試合ないから、念のために保健室で診てもらえって先生が」
「あー、そうだよね。保健室、行ったほうが、いいよね」
「……どうしたの? 木村さん」
「うん……、あのね、ええっと」

芹生冬至が問いかけると、クラスメイトの木村唯はうつむいて口ごもった。バスケットボールの試合中、ボールで冬至は指を痛めた。保健室へ向かう為廊下を歩いていると、隣のコートでバレーボールの授業を受けていたはずの唯が冬至を呼び止めた。息をきらしている様子からして、慌てて追いかけてきたようだ。

「ほ、保健室いくなら必要ないとは思うんだけど……。これっ! 良かったら、つ、つ、使って!」

唯は冬至の腕をつかみ、半ば強制的に掌の中へなにかを押し込んだ。
冬至は訳も分からず、渡されたそれの正体を確かめる。

「……絆創膏? どうし……」
「そそそれじゃ、お大事にっ!」
「あ、き……木村さん?」

唯は会話を強制終了させて、脱兎のごとく走り去った。あっという間に見えなくなる。

「さすが陸上部。足、速いな」

冬至はその後姿を感心しながら見送った。それにしても、一体どういうつもりなのだろう? 突き指には絆創膏を貼る必要がない。おそらく唯は、怪我がなんであろうと渡すつもりで追いかけてきたのだ。冬至は渡された絆創膏を注意深く観察する。なんてことはない、至って普通の、どこにでもあるものだった。ただ、一点を除いては。

「これ、なんだろ……?」

傷口を保護するパッド部分に、ごく小さくだけれど、赤いアルファベットが。
明らかに手描きの文字で『YK』と書かれていた。

「それ『ラブラブバンドエイド』だよ。芹生くん」
「わっ! 田尻先輩?」
「あ、ごめん! 立ち聞きするつもりはなかったんだよ? あたしの行く先に立ちふさがってた君たちがいけないんだからね」

いつの間にか、冬至の背後には2年生の田尻が立っていた。田尻は弓道部2年の先輩だ。

「先輩、どうしてこんなところに。授業中でしょう?」
「やだなーカタイこと言わない! うちのクラス5限目自習なんだ。ちょっとジュース買いに来ただけよ。それよりさ、さっきあの子に渡されたバンソーコー、ちょっとあたしに見せて?」
「はぁ」

差し出された小さな掌に絆創膏を乗せる。田尻は、冬至から手渡れたそれを考古学者のように360度観察した。

「やっぱりね。アリガト」
「あの……。やっぱりって何がですか? さっき、ラブラブ……なんとかって口にしてましたけど」
「うん。ラブラブバンドエイド。流行ってるんだよ、知らないの? 1年にまで浸透してたのかぁー。その1・創膏を用意する。その2・絆創膏のどこにでもいいから、赤い文字で自分のイニシャルを書く。その3・24時間以内に、好きな男の子に手渡しする。その4・意中の男子がそれを貼ってくれたら成功。きっと男の子はあなたの魅力に気付いてくれるでしょう」

田尻は、人差し指を魔法のステッキのようにくるくると振った。
イニシャル。木村唯。キムラユイ。Y・K。

「それって」
「いわゆる『おまじない』ってヤツだよ。モテる男は大変だね!」
「おまじない……」

冬至は、中学生のときにクラスの女子が回し読みしていた本のことを思い出した。
『効果抜群!最強おまじない500』という本だった。席替えで好きな子の隣に座れるおまじない、なくしものが見つかる呪文、願いごとが叶うカード。果ては3回唱えるとしゃっくりが止まる呪文なんてものも載っていた。……何故、冬至がそこまで詳しく覚えているのかというと、家に帰れば紫乃も同じシリーズの本を読んでいたからだ。もちろん冬至は興味など全くなかった。が、しつこく聞かせられたら嫌でも頭に残ってしまう。

「女性は好きですよね。こういうの。直接言えばいいのに」
「もお、それが出来ないからおまじないに頼ってるの! 男子にはわかんない心理でしょーけどッ」
「ええ、まあ……。正直」
「女の子はね、心配で不安でたまらないと何かにすがりたくなるもんなのよ。根拠も何もない、非科学的なことだと承知の上でね」
「……俺は、どうしたらいいんでしょうか」
「え?」
「俺が、彼女の魅力に気付いてあげるだけで。それであの子は満足するのかな」
「高望みするなら、芹生くんと付き合いたいって思ってるんじゃないの?」
「それは無理です。俺、好きな人……いますから」
「知ってるよー。っていうか、学園内では周知の事実でしょ。『あの芹生冬至が本命カノジョを作った』って一時騒然となったもんね。芹生くん、相手が誰なのか教えてくれないけどさ。全然ボロ出さないし」
「はい。それは内緒です」
「わかってるって。『カノジョ』ちゃーんと守ってあげるんだよ!」
「はい」

冬至は仕方なさそうに笑いながら『ラブラブバンドエイド』をジャージのポケットに仕舞った。

「どうするの? それ」
「あとで木村さんに返します」
「……そっか。そのほうがあの子のためかもね。……あ、やばッ。授業終わるまであと15分しかないや。じゃーね! 突き指お大事に。今日の部活は休むんでしょ。顧問には伝えておいてあげる」

田尻の言葉で冬至は思い出した。保健室へ向かう途中だったのだ。
ゆっくりと、右手の指先を握り、開く。人差し指に広がるわずかな鈍痛。たいしたことはなさそうだが、後々弓道に影響が出るとも限らない。湿布ぐらいは貰っておいたほうが良いだろう。


☆゚+。☆。+゚☆゚+。☆。+゚☆


「……あれ?」

体育館から保健室へ向かうためには、1年生の玄関前を通る必要がある。冬至は足早にそこを通り過ぎようとしたが、ぴたりと歩みを止めた。
……誰もいないはずの、整然と並んでいる靴箱の前。ちょうど、冬至の所属する4組のあたりに見覚えのある人物がいた。現在はどのクラスも授業中のはずだし、3年生である彼がこんな場所にいるのは不自然だ。けれど違えるはずはない。
篠弓弦の茶色い絹糸のような髪が、外から射し込むに光に照らされ、きらめいている。冬至は気配を殺して、弓弦の様子を見守った。弓弦は周囲を軽く見回したあと、誰かの靴箱に狙いを定め、中からそっと革靴を取り出した。

それは、紛れもなく冬至のものだった。

ハーフサドルのペニー・ローファー。種類は自由だが、邦華学園ではローファーが指定靴となっている。校内では基本的に土足が許されているので、大半の生徒は外靴と上靴を兼用している。冬至もまた、その大半のうちのひとりだった。学校にいる間はずっと履いているローファー。だが、唯一持ち主から離れて無防備になる『例外』もある。
運動靴に履き替える『体育の時間』だ。

(どうして弓弦さんが、俺の靴なんか?)

冬至は弓弦の行動を観察し続けた。周囲の様子を気にしながら、弓弦はそれまで履いていた自分の靴を脱ぎ、替わりに手にした冬至の靴を履いた。そして、1歩、2歩と慎重に歩き出す。

(……!? え、弓弦さん……、何してるんだろう……)

さすがに不審すぎる弓弦の奇行を問いただすため、冬至が足を踏み出したその時。
階段の踊り場から、野太い男の声が降ってきた。

「おおい、芹生!」
「ぎゃーーーーーっ!!」

1年生を担当している体育教師だった。いつまで経っても戻らない冬至を心配してきたのだろう。

「『ぎゃー』じゃないだろ。どっから声出してんだお前」
「せ、先生!?」
「こんなところに突っ立って何してんだ? どうだった、怪我は。……まさかまだ保健室に行ってないとか言わないだろうな」
「え、ええと……すみません。まだなんですけど、違います」
「違うって何が」
「さっきの叫び声、俺じゃない、です」
「は? 芹生以外の誰が……」

体育教師の目が玄関へと向けられる。そこには、真っ青な顔で硬直している弓弦の姿があった。

「し、篠? なにやって……」
「いや、違います! ごっ……誤解! 誤解だって!! ウソウソ。そんな、おまじないとか俺、信じてないし! 興味なんかあるわけねーし! 出来心だから、マジで!!」

弓弦はぽかんと呆けている教師と冬至の顔を交互に見ながら、支離滅裂な言葉を並べた。青かった顔色がみるみるうちに赤く染まってゆく。

「あの、弓弦さ……」
「だーーー! 待った、こっちくんな芹生!」

弓弦は真っ赤な顔を片腕で隠しながら、履いていた『冬至の』靴を脱ぎ捨てた。そのまま冬至と教師の脇をすり抜け、俊足ランナーの如く一気に階段を3段飛ばしで駆け上がって行った。引き止める間もない。

「……なにしてたんだ? 篠は」

教師は頭をがりがり掻きながら、冬至に事情をたずねた。もちろん答えられるわけもなく、冬至はゆるく頭を振る。そんなこと、こっちが聞きたいのに。

弓弦のいた場所には、2足の靴が放置されていた。


☆゚+。☆。+゚☆゚+。☆。+゚☆


「木村さん。ちょっといい?」
「え、あっ……。芹生、くん」

放課後、冬至は部活に向かおうとしていた木村唯を呼び止めた。教室から出ると、唯はもじもじと落ち着かない様子でスカートの裾を直した。

「は、話ってなにかな……。人がいないところのほうがいいんじゃ」
「大丈夫、すぐに終わるから。……これ、返すよ」
「…………あっ」

唯の顔色がさっと曇った。瞬きを繰り返す瞳が、悲しみに満ちてゆく。

「……ひょっとして、バレちゃった、かな? おまじないのこと」

頷いた冬至から絆創膏を受け取り、その存在ごと握りつぶすように唯は拳を握った。
罰が悪そうに、羞恥の色に染まった顔を伏せる。

「えへへ、やだな……恥ずかしい。め、迷惑かけてごめんね。芹生くんに本命の彼女がいるってもちろん知ってたよ。知ってるけど……。あたし、あたし……」
「木村さんは、足が速いよね」
「……?」

唯が、ぱっと顔を上げた。
驚きを深めた目元には、うっすら涙が滲んでいた。冬至は優しく笑いかける。

「短距離走が得意で、大会ではいつも1位をとってる」
「う、うん。あたし走るのだけは得意なの。これくらいしか、取得がないから」
「木村さんはお菓子作りも得意でしょ。この前、調理実習で作ったアップルパイを男子に配ってたね。すっごく美味しかったよ」
「ホント? ありがとう」
「それに……細かいところまで気付く子だよ。白墨で汚れてる黒板消し、よく君が綺麗にしてる」
「見てたの? あれって本当は日直の仕事だけど……みんな結構忘れるでしょ。だから、たまにね。キレイなほうが先生も気持ちよく授業が出来るかな、って。……でも芹生くん、どうして……」
「ほら、ね」
「え?」
「俺は前から、木村さんの良いところを色々知ってたよ。あんな『おまじない』に頼らなくてもさ」
「……芹生くん」
「きっと俺だけじゃない。君の魅力に気がついている人は他にもいると思う」
「……、芹生くんってば、ヘンなの。女の子を振るのに、そんな優しい言葉かけちゃダメ。あたしもっと好きになっちゃうよ?」

唯は大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、笑った。自分の気持にけじめをつけようとするかのように。

「ごめん。それは……困る」
「ふふっ、正直だなぁ……。ありがと。ばいばい」


☆゚+。☆。+゚☆゚+。☆。+゚☆


冬至は唯と別れたあと、すぐさま3年4組へ向かった。手には紙袋。その中身は置き去りにされた弓弦のローファー。余程慌てていたのか、弓弦は靴下のままで教室へ戻っていったのだ。おそらく今は来客用のスリッパでも履いているのだろう。

「すいません。弓弦さん、いませんか?」

放課後の教室。生徒はまばらだった。冬至が入り口の近くにいた女子生徒に声をかけると、振り向いた黒髪の女子は芹生の顔を見るなり顔をしかめた。

「おいでなすったわね」
「あ、お……お久しぶりです。小池先輩」

小池亜理彩だった。
亜理彩は弓弦と仲の良いクラスメイトのひとり。そして、冬至の『元カノジョ』だ。

「篠なら死んだらしいわ」
「は?」
「……冗談はともかく。『芹生が来たら俺は死んだことにしておいてくれ』と言い残してどっかに消えたわよ。あんたたちケンカでもしたの?」
「いいえ。少なくとも……俺には覚えがありません」
「ふうん? ほんと、どうしたのかしらね篠は。5時間目の途中教室から出て、戻ってきたと思ったら足元スリッパだし。靴はどこに置いてきたのよって聞いてもだんまりだしさ」
「あの……弓弦さん、授業中どこに行ってたんですか?」
「保健委員なのよ、あいつ。お腹が痛くなった子がいてさ。篠がその子を保健室まで送り届けたってわけ」
「なるほど……」

弓弦が授業中にも関わらず、外に出ていた理由はわかった。けれど、あの妙な行動だけはどうも理解が出来ない。本人に直接確かめてみなければ。

「小池先輩。弓弦さんの運動靴、教室に置いてありますか?」
「え? ちょっと待って。……あるけど。何よ、それがどうかしたの」

やはり、弓弦は学園内のどこかに潜んでいる。絶対に。
ローファーも運動靴も履いてない弓弦が、スリッパのまま帰宅するとは考えにくい。

「っていうか、芹生が持ってるその紙袋の中身……もしかして、篠の? なんであんたが」
「す、すみません。詳しい事情は聞かないでください。俺もよくわかってないので」
「はぁ? ったく、さっきからだっていうのよ。靴、靴って『3歩の魔法』じゃーあるまいし……」

(……3歩の魔法?)

亜理彩の何気ないひと言を、冬至は聞き逃さなかった。

「小池先輩。それって『おまじない』と関係あることですか?」
「え? そうだけど、どうしてあんたが知ってるの? あ、あたしは実行してないわよ? 後輩に教えてもらっただけで……」
「先輩。その話、詳しく聞かせてもらえませんか」


☆゚+。☆。+゚☆゚+。☆。+゚☆


篠 弓弦はあてもなく3階の廊下を彷徨いながら、激しく後悔していた。

(ああ、クソ。どうしよう。やめときゃ良かった。あんなバカらしいこと)

よりによって『本人』に−−−。冬至に現場を目撃されるなんて、最悪の展開だ。
……いや、冬至で良かったのかもしれない。でなければ学園内にあらぬ噂が広がりかねないだろう。もし、見られたのが噂好きの女子だったら……。考えると、背筋が凍った。

(冗談じゃねーぞ。1の事実を100にして脚色しながらウワサを広めてあるくヤツもいるからな……)

クラスメイトのアッコなど、その代表だ。不幸中の幸いではないか。弓弦は自分を慰めた。それも気休めだけれど。
どちらにしろ、誰にも見つかってはいけない行為だったのだ、あれは。


ぺた、ぺた、ぺた。


廊下に聞き慣れない音が反響する。弓弦は背後を振り返ったが、何もないし、誰もいない。気を取り直して1歩踏み出す。


ぺたん。


「あ」

弓弦はウレタン樹脂で塗装された床から片足を離した。その場で2回、踏み鳴らしてみる。

(……俺かよ)

先ほどまでは喧騒でまったく耳に入らなかった、スリッパの音。
いつまでも来客用スリッパを借りておくわけにいかないが、返したくても、帰りたくても靴がない。自分のローファーは靴箱になかった。恐らくは冬至が持っているのだろう。ならば体育館用の運動靴で、と思ったが、今教室に戻ると冬至に見つかる可能性が高い。今日は、あいつに会いたくない。……どうしても。ひと晩じっくり考えれば気持ちも落ち着いて、言い訳のひとつやふたつ、思いつくはずだ。
殆どの生徒が帰宅し、もしくは部活動に勤しんでいるこの時間。廊下をふらふらと歩いているのは弓弦ぐらいだ。誰もいない、薄暗い廊下。いつもなら眩しいぐらいに射し込む西日が、今は厚い雲に遮断されていた。
弓弦はもう1度後ろを振り返る。

……冬至は、どこにいるんだろう。
自分を探している? それとも、あきらめて部活に参加している?


『俺、弓弦さんのそういうところが好きなんです』


あの時、冬至ははっきりと言った。
直情型で、思ったことをすぐ口にしてしまっても。
考えるより先に行動してしまう、見た目に反する大雑把な性格でも。
外見だけじゃない、中身も含めた全部が好きなのだと。
けれどさすがの冬至も、今度こそ愛想を尽かして自分を見限るかもしれない。
弓弦は、誰もいない冷たい床の上に立ち尽くす。

「……なにやってんだ、俺」



「本当……なにやってるの? 弓弦さん」
「ぎゃっ!?」

突然の声に、弓弦は悲鳴に近い叫び声をあげた。
背後から訪れた熱い熱が、弓弦を包み込んだ。耳元に荒い息遣いを感じ弓弦が身じろぎをすると、嗅ぎなれた冬至のにおいが鼻腔をくすぐる。首元にまわされた冬至の腕。力強く、そしてやさしい。

「やっと……、見つけた。スリッパの、音って……すごく、よく響くね」
「…………あ、汗くせーよ、おまえ」
「第一声がそれ? ったく、誰のせいだと思ってるんだか」
「追いかけてきたのは、そっちの勝手だろ!」
「追うな、なんて無理だよ。ねえ弓弦さん、さっきのって……」
「……っ! わ、わ、わ……忘れろ! キレイさっぱり!!」
「ちょ、弓弦さ…………うわっ!」

冬至の腕を力任せに引き剥がし、弓弦が逃亡を試みようとしたその時。

「……? 芹生?」

冬至が突然その場にしゃがみ込んだ。うつむいて、なにか傷みに耐えているようだった。

「お、おい、大丈夫かよ?」
「…………り」
「へっ?」
「無理……動けない……。痛い」
「え、え……。どうした急に。腹!? 下痢? なんかヘンなもんでも食ったんじゃねーの」

冬至は細かく震えながら、ゆっくり首を横に振った。

「そんなに痛いのかよ。あ、そーいやどっか怪我してるんだっけ!? あ、足? 足か?」

あの現場を目撃されたとき、冬至はジャージ姿で保健室へ向かう途中だったらしい。体育の授業でどこか痛めたのだろう。弓道の大会が近い今、もし自分のせいで怪我が悪化したのなら……。謝っても謝りきれない。

「芹生、ごめ……」

震える肩に触れようとした弓弦の手首が、大きな手に捉えられた。
顔を上げた冬至の端整な唇が笑みを浮かべる。

「……今度こそ、つかまえた。鬼ごっこは終わりだよ。弓弦さん」
「なっ……、きったねー!! 嘘かよ!」
「怪我は本当だよ。足じゃなくって突き指だけど、たいしたことない……」
「は!? 突き指だぁ!? 指は大事にしろってあれほど……。どーすんだ、来週の大会」
「大丈夫だってば。保健室の先生の見立てだと2、3日で治るでしょ、って。……それにしても、弓弦さん。俺の前だから良かったけど、腹痛で蹲ってる女の子を見つけてもストレートな質問だけは控えようね」

冬至はふふ、と思い出したように笑った。

「!? わ、笑って震えてたのかよ。こっちは深刻な怪我だと思って、心配し……」
「ごめん、……弓弦さん。こっち」
「おわっ!」

突然冬至に腕をひかれ、2人は目の前の部屋に隠れた。

「いきなりなんだよ、芹りょ……」
「しっ。今、階段から上がってきたの教頭先生だ。言い争ってるところ見られたら、説明が面倒でしょ」

冬至に視界を塞がれ、引き戸を背に押し付ける体制で弓弦は黙り込んだ。程なくして足音が通り過ぎる。どうやら見つからずに済んだようだ。潜めていた呼吸を開放し弓弦がほっと息をつくと、プラスチックの独特なにおいが鼻をついた。ここはパソコンルームだったのだ。使用していないときは鍵がかかっているはずだが、今日の鍵当番がずぼらな人間で助かった。

「…………」
「…………」

しばらくの間、沈黙が続いた。
もうこの部屋に隠れる必要はないのだから、出て行くきっかけを作らなければ。弓弦は言葉を探しながら、冬至の肩ごしに西日を受けきらめく埃をぼんやり眺めていた。

ああ、雲が晴れたのか。

「……やりかたはとってもカンタン。その1・好きな人がいつも履いている靴を用意します。どちらか片足分でも構いません」

冬至のやわらかな低い声が、深い静寂を破った。

「えっ」
「その2・好きな人の靴を、履きます。そして心のなかで数えながら、歩きましょう。いち、に、さん」
「せっ、せ、せ、芹生……? お、おまえ」
「これで、きっとあなたは意中の人と両思いになれるでしょう。ただし、周囲に人がいないことを確認してから行ってください。このおまじないは誰かに見つかると最初からやり直しです。……だって。合ってる?弓弦さん」

いつの間にか、冬至は小さな本を片手に内容を読み上げていた。
表紙のタイトルを見た弓弦は愕然とする。

『絶対叶う☆おまじない1000』

弓弦の顔が西日に照らされていてもはっきり分かるほどに、赤くなってゆく。

「なんで芹生が持ってるんだよーーーーー!!」



☆゚+。☆。+゚☆゚+。☆。+゚☆



「はい。これでいい?」

冬至は自動販売機で買ったスポーツ飲料を弓弦に差し出した。

「……そっち」

渋い表情で答える弓弦の指先は、冬至が自分用に買った缶コーヒーへ向けられた。

「いいけど……めずらしいね。苦手じゃなかったっけ?」
「なんつーか、頭の中をすっきりさせたい気分なんだよ」

言いながら、弓弦はショートサイズのコーヒーを一気に煽った。眉間の皺がいっそう深くなる。普段ブラックなんて絶対に飲みたがらないくせに。
弓弦はわかりやすく動揺している。らしくない。
これじゃあ立場が逆転しちゃったね、と、冬至は心のなかで苦笑した。

学校から出た2人は『落ち着けるところで話をしよう』という冬至の提案でいつもの場所にやってきた。弓弦はようやく自分のローファーを履いている。周囲の様子が気にいらないのか、弓弦は缶コーヒーの飲み口をがちりと噛んだ。

「オカコーかよ。逆に落ち着けねえ」
「近場で話せる場所ってここぐらいでしょ」
「相変わらずバカップルだらけだし!」
「細かいことは気にしなくていいの。俺たちだって、恋人同士なんだから」
「……そりゃ、そうだけどさ……」
「だったら、どうして弓弦さんは『3歩の魔法』を実行したの?」

冬至は、鞄から小池亜理彩に借りた本を取り出した。正確には亜理彩のものではなく、クラスの誰かが家から持ってきたものらしいが。
数ヶ月まえから学園内で流行り始めたという『絶対叶う☆おまじない1000』の中でも抜群の効き目を誇るという『3歩の魔法』。
好きな人の靴を履いて、3歩あるけば両思いになれる。
弓弦が人目を忍んで行っていたおまじないだ。

「べ、別に俺だって、んな根拠のないもの……本気にしてるわけじゃねーよ。保健室の帰り、ちょうど芹生の靴が目に入ったからさ……。つい……好奇心っつーか、出来心っつーか」
「好奇心、だったとしても。……弓弦さんは俺のこと信じてないのかな」
「は!? なんで」
「だって、これは片想いの人が両想いになりたくてすることだよね? 弓弦さん、俺の気持ちを疑ってるのかなって……。互いに想い合ってたら、こんなことする必要ない」
「そっ……、それでも!」

弓弦がコーヒーの缶を握り締めた。中身のたっぷり入ったスチール缶が、わずかに歪む。

「芹生と……っ、おまえとずっと一緒にいたいからに決まってるだろ!!」

周囲に気付かれないギリギリの音量で、弓弦は真情を吐露した。
冬至は不意打ちの『告白』に目を丸くする。

「おまえが、俺のことを好きな気持ちを疑ってるなんて、絶対にねーよ。けど、……けどさ、それでも不安になったりするんだ。俺はもうすぐ卒業しちまうだろ? そしたら芹生と会える時間は今より確実に減るから、だから、離れても、ずっと俺たち一緒にいられますようにって……。それだけだよ! 俺、んな悪いことしたのか!? ……あーもー、ざけんな! クソッ……なんでこんな事言わせるんだよっ。はいこの話はオワリ! オワリだからな! 文句あるか!?」
「………………ない、です」

恥ずかしさ故か、顔と目を真っ赤にした弓弦の告白。
冬至もまた、体内から湧き上がってくる熱を感じて、落ち着きを失った。
まさか弓弦がそんなことを考えていたとは。

「……んだよ、口元押さえて。笑うなら笑えっての」
「ち、違うよ」
「いいって、無理しなくても! こんな女々しいことに手ェ出してさ。笑い飛ばしてくれたほうが俺もラク……」

冬至は、弓弦を胸元に引き寄せた。ありったけの力をこめて、恋人の身体を抱きしめる。茶色く細い髪の毛が、冬至の鼻先をくすぐった。首を傾け、白い耳に口付けるように、囁く。

「違うよ、弓弦さん。……嬉しかったんだ、すごく、すごく……。ありがとう」
「…………あの、芹生クン? は、離せって。……見られてるんですけど、思いっきり注目されてるんですけど俺たち」
「嫌だ」
「いー加減にしろよ、ったく」
「弓弦さんだって、離れたくないくせに」
「は? んなわけねーだろっ」
「あれ、おかしいね。俺の背中にまわされた、あなたの腕は……一体どういうつもりなのかなぁ」
「……うるせー」



☆゚+。☆。+゚☆゚+。☆。+゚☆



すっかり日の暮れた夜の公園を、2人は肩を並べてゆっくりと歩く。

「……あのさ芹生。こんな時間から、なんで散歩? しかも靴交換してって……。イミわかんねえ」

弓弦の足には冬至の靴は若干サイズが合わないようで、歩くたびに石畳が鳴っていた。

「俺はちょっと爪先が痛い。思ったより歩きづらいね。自分以外の靴って」
「だーから、もうやめようって」
「いいんだよ。あ、そうだ。今日はこのままお互いのローファーを交換して帰ろうよ。ね」
「なんで!?」
「これは、俺が考えたおまじない」


これからもずっとずっと、一緒に居られますように。
3歩だけじゃ物足りない、たくさんの愛を、あなたへ。




■END■
 


コメント
ブログ初コメントでドキドキです。

これはこれは…芹生くんおいしい思いしましたねぇ〜!
弓弦さん、大サービスしましたね。(笑)

でもでも芹生くん、言葉責めが過ぎますよっ(赤面)
嬉しいからって、あんまり弓弦さんを追い詰めちゃダメ―!!

校内で、オカコーで、弓弦さんを抱きしめてしまう芹生くんに乾杯!
もう歯の浮くセリフ、どんどん言ってほしいです。

ボリュームたっぷりのお話、ありがとうございました!
  • ノエミ
  • 2012/10/28 12:55 AM
>ノエミさんへ

記念すべき初コメありがとうございますー(*u_u)

2人がラブラブする状況ってあまり想像できない気がしていたのですが
そこをあえて描いてみました。
確かに……弓弦さんの出血大サービスですね///

芹生は弓弦さんを赤面させてしまうセリフを
ポンポン口にしちゃう人だなって思います
しかも素で(*^_^*)

オカコーで男子高校生が抱き合ってたら
おそらく2度見しちゃうでしょうね(笑)

読んでくださってありがとうございましたー!
  • えいり
  • 2012/10/28 10:42 PM
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